ライダーハウスの思い出を数十年アルバムに収める経営者

 「昔の夏の北海道は、毎日多くのライダーが泊まった」 北海道はツーリングの聖地。ライダーハウスや道路上のすれ違いでたくさんの方がフェリーにバイクを乗せてツーリングにきているイメージ。今回は北海道ツーリングライダーの現象とライダーハウスを元気なうちは続けていきたいおばあちゃんの話とその記録をします。

※書いていて記事の整合性を保てていませんが、書きたいことを書いた それだけ・・・

 

霧多布半島のゲストハウスに泊まった

明確には霧多布半島と呼び名が決まっているわけではありません。霧多布島とも呼ばれています。

 

今回泊まったのは地図にあるえとぴりか村と桃色の文字で表記されているゲストハウスです。ここへ行くには霧多布大橋を渡らなければなりません。地図で確認すれば四方を海で囲まれているのが分かります。どうやらブルタニカ国際大百科事典では島として紹介されています。 

 

霧多布半島って北海道のどこなの?!

って話ですが、北海道全体の地図で表すと

その日は美幌町から知床半島にいって翌日に赴く納沙布岬へ行くのにちょうどよい宿泊施設がないか、北海道ツーリングガイドブックで探していたところ霧多布半島のゲストハウスにお世話になることにしました。基本民宿かライダーハウスを狙っています。

ゲストハウスの名は カントリーハウスえとぴりか村(クリックでHPへとびます!) です。

聞いたところ30年以上営んでいるようで驚きました。出身は東京で鳥の観察や撮影が好きで北海道に越して現在家族で営んでいます。

私物の乱雑が情けない写真ですが、木でできたお風呂と個室で落ちつけるものです。夜は北海道のライダーについて貴重なお話を聞けました。

 

ライダーハウスとライダーは減り続ける

北海道で宿を30年以上営む主人だからこそ内容一つ一つを懐古の情を含んだ寂しげな笑みを浮かべて語ってくれました。

ライダーハウスとは安い料金で多くのライダー泊まれる宿泊施設で、ライダー同士の交流ができる家です。

 

写真は北海道稚内で泊まったライダーハウス緑の湯です。全員で撮った写真をHPにあげられていてツーリングシーズンは日々おばあちゃんはブログを更新中です!←リンクでとびます

 

さて霧多布半島だけでも3か所くらいあったそうですが、いまはもう無いようです。ライダー減少が必然とライダーハウスもつぶれますが、ライダーハウスは無料で開放してるとこがあったり、空き家や使わなくなった施設を泊まれるようにしていたりとライダーが減っていることだけで起因するものではありません。

経営者の高齢化のようです。

北海道の稚内で泊まったライダーハウス緑の湯でおばあちゃんがおっしゃっていた言葉が印象的でした。

 

ライダーハウス開いて20年以上 年とったけど元気なうちは続けていきたいね!

 

のようなことを言葉にされてて感動したし、泊まりに来ているライダーの方々は例年泊まっていると話をききました。写真の右上は日々のライダーの集合写真で、真ん中の奥の棚においてあるファイルの数々は20数年分のライダー集合写真を年どこに収めたアルバムです。

一昨年に北海道ツーリングした友人も緑の湯に泊まったらしくアルバムに映っていました。ホームページでも確認できました。2年前の友人と同じように、泊まったみんなで歌を歌いました。「大空と大地の中で」おばあちゃんは、明日をこれを歌いながら北海道を走って下さいとおっしゃいました!

また泊りにいって当時の自分を振り返りたいですね。

 

 

さてえとぴりか村の村長がおっしゃるには、20年前なんて毎日の夏の夜には10人のライダーが泊まりにきたようです。現代の今では私含めて二人という。

若者は旅をしなくなった、不景気、当時のライダーが家庭をもち忙しくなった、ライダーの減少、そもそも人口減の日本等他にも理由はあるのですが、メモをしたノートがどっかにいってしまったので正確に記録に残せないのが悔やまれます。

 

ライダーを迎えてくれる宿は減っているが、元気なうちは続けていきたい熱い経営者様がいる。

また北海道ツーリングにいって泊りにいこう

 

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